| 生命現象を担う物質の「はたらき」とは?
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| 生物は、地球に誕生して以来多様に進化し、ヒトではまねのできない超能力的な生命現象をもつものが少なくありません。ヒトのゲノム解析が完了した今日ですらまだ多くの生命現象が科学的に未解明なまま残されています。先の章でも紹介しましたように、生物はそれぞれの生育環境に適応するため実に多様な物質をつくりあげています。この章では、もっとも神秘的な生命現象の一つである生物発光を取り上げ、ホタルやホタルイカなどを例に発光物質の「はたらき」をお話します(解説欄の『化学発光ールミノールと過シュウ酸エステルー』も参照してください)。1月に実施したスクーリングでは、ルミノールと過シュウ酸エステルの化学発光を実際に観察していただきました。ルミノールでも過シュウ酸エステルの化学発光でも、ともに酸化過程で生じるエネルギーの高い状態(励起状態)を経由して発光します(解説欄『化学発光』参照)。ホタルの発光やホタルイカの発光のメカニズムは、基本的にこの化学発光と似かよっています。 物質科学科では3年生の学生実験でホタルの生物発光に関わる実験──ホタルルシフェリンの合成とルシフェリン-ルシフェラーゼ反応──を実施しています。ヒトは光ることはできませんが、発光基質であるホタルルシフェリンは市販の2-アミノ-6-メトキシベンゾチアゾール(1)から3段階の反応でつくることができます。まず、1のアミノ基(-NH2)をニトリル基(-CN)に変換します。クロマトグラフィーで精製後、アミノ酸の一つであるシステイン(ここで使うシステインは D型で私たちの体にあるL型アミノ酸とは逆の絶対配置をしています)と酸性条件下で混ぜると、ニトリル基と縮合しホタルルシフェリンのチアゾール炭素骨格ができ、その反応液を中和するとホタルルシフェリンが淡黄色固体として析出します。ホタルルシフェリンは光に不安定で徐々に分解しますので、褐色瓶に入れフリーザー中で保存します。 |
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| 発光酵素ルシフェラーゼを以前はホタルをつぶして取っていましたが、今ではバイオテクノロジーのパワーで生産し市販されています。アデノシン三リン酸(ATP)をいれたpH
7.8の緩衝液中、合成したルシフェリンと市販のルシフェラーゼとを使ってルシフェリン-ルシフェラーゼ反応(L-L反応)の発光スペクトルを測定します。その発光スペクトルを示します。 |
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| 555 nm付近に発光の極大値があり、ホタルの実際の発光スペクトルと一致します。ヒトが作ったルシフェリンとルシフェラーゼを用いて、試験管内でホタルの発光を再現したわけです。この発光を化学式で説明すると以下のとおりになります。まず、ルシフェラーゼに取りこまれたルシフェリンのカルボキシル基(-CO2H)が
ATPと反応しルシフェリンAMP(-CO2AMP)になります。カルボキシル基のつけね水素がルシフェラーゼで引き抜かれ、酸素と反応し4員環からなる不安定なジオキセタノンが生成します。4員環のジオキセタノン構造の波線部での結合がきれ、二酸化炭素と励起分子モノアニオンが生じます。ホタルの体の中ではさらにジアニオンになり、このジアニオンから黄緑色の光エネルギーが放出され基底状態のオキシルシフェリンになると考えられています。 |
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| ホタルにはゲンジボタル、ヘイケボタルやヒメボタルなどいろいろな種がいますが、少しずつ発光色が異なります。ルシフェリンはすべての種で同じですが、ルシフェラーゼが異なります。南アメリカに棲息している甲虫
鉄道虫(rail road worm)の体側は赤く発光しますが、鉄道虫のルシフェリンもホタルルシフェリンと同じです。ルシフェリンはベンゾチアゾール環とチアゾール環が単結合で結ばれています。二つの環は単結合を介して回転が可能であり、そのねじれである二面角がそれぞれの酵素の中で異なっていることが、それぞれの発光の色調に反映していると思っています。光った後のオキシルシフェリンは再度ルシフェリンに変換されます。放射性炭素である14Cでラベルしたオキシルシフェリンをホタルの腹腔に注射し、これがホタル体内でルシフェリンに再変換されることをアイソトープのトレーサー実験をして証明しました。オキシルシフェリンがニトリル体2に変換された後、合成でも使われたように体内にあるシステインと反応し、ルシフェリンが再生されると考えています。 ホタルはメーティングのため光るといわれています。生息場所によって、発光の明滅パターンが違うともいわれています。個々に光っていたホタルが、やがてシンクロナイズして発光の同調がみとめられます。インドンネシア イリアンジャヤ州の『南の国のクリスマスツリー』が特に有名です。一本の木に、一万匹以上のホタルが埋め尽くし同調明滅をします。ホタルは幼虫も光ります。同調明滅や幼虫の発光はなにのためなのでしょうか。発光のメカニズムが明らかになってもなぞは深まるばかりです。1章でお話ししましたようにATPは生物がもつ高エネルギー化合物であり、生体にとってはもっとも大切な分子です。ホタルの発光系にはこのATPが必須で、このホタルの発光システムを利用し生じる発光量を定量することによりATPの超微量分析ができるわけです。また、ルシフェラーゼの遺伝子をタバコ遺伝子に組み込みタバコの葉を光らすこともできています。光るバラが市販される日もくるでしょう。ちなみに、光るキノコとして知られているツキヨタケの発光系では、酸化還元に関わる補酵素フラビンのなかまが関与しています。 |
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